鳥  批評と創造の試み

主として現代日本の文学と思想について呟きます。

原作漫画とは一味も二味も違う佳品 荒木飛呂彦『岸辺露伴ルーヴルへ行く』 渡辺一貴監督『岸辺露伴ルーヴルへ行く』 『VISUAL BOOK 岸辺露伴ルーヴルへ行く』

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原作漫画とは一味も二味も違う佳品

荒木飛呂彦岸辺露伴ルーヴルへ行く』

渡辺一貴監督『岸辺露伴ルーヴルへ行く』

『VISUAL BOOK 岸辺露伴ルーヴルへ行く』



荒木飛呂彦岸辺露伴ルーヴルへ行く』2011年5月31日・UJ愛蔵版(集英社)。

■中篇漫画。

■全1話、フルカラー、本文123ページ。

■2,667円(税抜き)。

■2023年6月18日読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

■高橋一貴監督『岸辺露伴ルーヴルへ行く』

■監督  渡辺一貴

■脚本  小林靖子

■原作  荒木飛呂彦

■製作  土橋圭介・井手陽子・ハンサングン

■製作総指揮 豊島雅郎

■出演者     高橋一生・飯豊まりえ・長尾謙杜・安藤政信・美波・池田良・前原滉・中村まこと・増田朋弥・白石加代子木村文乃

■音楽  菊地成孔 / 新音楽制作工房

■撮影  山本周平・田島茂

■編集  鈴木翔

■制作会社   アスミック・エースNHKエンタープライズP.I.C.S.

■製作会社   「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会

■配給  アスミック・エース

■公開  2023年5月26日

■製作国     日本

■言語  日本語

■上映時間 118分

■2,000円(税抜き)

■観覧劇場 東宝シネマズ小田原。

■観覧 2023年6月18日。

■採点 ★★★☆☆。

 

■『VISUAL BOOK 岸辺露伴ルーヴルへ行く』。

■写真集。

■159ページ。

■3,200円(税抜き)。

■2023年6月18日読了。

■採点 ★★★☆☆。

 

 

岸辺露伴ルーヴルへ行く』という題名からすると、あの露伴がルーヴルに隠された謎を解明しようとする、という話かと思いきや、謎そのものはルーヴル美術館とは直接的な関係はなかった。いささか肩透かしを食らった感じだ。謎の大本は、ありがちな展開ではあるが、露伴自身の過去、露伴自身の血縁、露伴自身の先祖と関りがあるもの。その意味では極めて日本的な色合いが濃く出ている作品である。

 というのも、元はと言えば、この作品は、作者・荒木飛呂彦ルーヴル美術館のオファーによって描かれたものだったからだ[1]。フランスでは、日本で言うところの漫画を「バンド・デシネbande dessinée」というらしいが、それは、流石にフランスらしく、エンタテインメントとして、というよりも芸術として受容されている。したがって、フランス向け、と考えれば、どうしても、単にルーヴルの謎解きというよりも、日本人の描く、日本の漫画、というスタンスであれば、こうなるのも致し方がないことだ。

 是非、機会があれば、露伴には世界のあちこちに出向いてもらい、そこで遭遇する人々の謎と遭遇してもらいたい。

 ここでは映画版を中心に気になったことを書いておこう。

 わたしの考える(ということは作者や製作者の考えとは違うが)露伴の魅力とは必ずしも謎が解決することではなく、謎を謎として、ただ「視るもの」として報告する、というところにあると思っている。

岸辺露伴は、いわゆる名探偵ではない。単なる「観察者」なのだ。だからこそ「岸辺露伴は動かない[2]のだ。例えば、その典型が「富豪村」であり、あるいは「ザ・ラン」がそれに当たる。若くして富豪になったものたちが人里離れた村に集住する。結局、何故、そうなのかは全く明らかにされない。「ザ・ラン」も同様だ。何故、中心人物・橋本陽馬は走ることに囚われるのか、結局その後、彼はどうなったのか、いわゆる物語の根幹となる部分は全く明らかにされない。狐に摘まれる、という表現があるが、まさにその通りである。これが短篇漫画、一時間弱のテレ-ヴィジョン・ドラマであれば、視聴者は、首を捻って終わり、ということも可であろうが、これが2時間にも及ぶ映画ともなると、それなりの結末、言うなれば解決篇がなければ、エンタテインメントとしては、一般の観客は納得しないだろう。

ということだからなのかは分からないが、本作の後半4分の1、日本に戻った露伴が自らのルーツに遭遇する江戸時代のパートは、わたし個人の考えでは不要だと思う。原作の漫画が、さらっと描いているように、謎を散りばめ、観客に想像させるように仕向けるのが、映画としては上策だったとは思うが、これは、あるいは已むを得なかったかも知れぬ。露伴の過去を膨らませる、というのは、そもそも原作者荒木飛呂彦の要望でもあったとのことだ[3]。むしろ、原作に加えて、古物商から美術品のオークション、更には贋作の密売のエピソードを加えて、上々の知的娯楽作品に仕上げた、脚本担当の小林靖子の類い稀なる手腕をこそ評価すべきなのかも知れない。

また、木村文乃演ずるところの奈々瀬の衣装が洋装なのも気になる。一貫して浴衣、着物でも異和感はなかったかとは思うが。それとも亡霊はいかようにも見るものの都合に合わせることができるのだろうか。そう考えると、亡霊である奈々瀬に、露伴がヘヴンズ・ドアを仕掛けられるのも、いささかご都合主義と言わねばならない。一方で、同様に亡霊である山村仁左右衛門にはヘヴンズ・ドアが掛けられなかった。違いはどこにあるのだろうか。

全く話が変わるが、担当編集者の泉君の衣装とキャラクターが、フランス篇らしく(?)、テレ-ヴィジョン版よりも大人しくなり、大人っぽくもなっていて、若干好感度が上がった。若干だが。ルーヴル美術館の館員エマの息子の水死のエピソードと、泉君のお父さんのエピソードと絡めて語られるシーンは不覚にも涙腺が緩んだ(´;ω;`)。

このドラマの美点は、先に挙げた謎が謎のまま放置される、という点と、もう一つは、原作漫画のテイストとはいささか異なる場面の空気感のようなものの素晴らしさである。それは場面として捉えられる場所の問題でもあり、そこに存在する季節の問題でもあり、あるいは、露伴たちの衣装の問題でもある。本作でも場所が、ルーヴルだけによくその空気感が生かされている。眼と耳が快感を覚えるとでも言おうか。

そして、全体を、あるいは最後を飾るのが菊地(きくち)成孔(なるよし)率いる新音楽制作工房による音楽である。とりわけ、テレ‐ヴィジョン・ドラマから引き継ぐエンディング・テーマの「大空位時代」の何と素晴らしいこと。ちなみにそこで流れる女声のアリアがボーカロイドだと、今回初めて知った[4]

 是非、テレ‐ヴィジョン・ドラマ版も含めて続篇の映像化を期待する。

 

参照文献

岸辺露伴ルーヴルへ行くVISUAL BOOK』. (2023年). 集英社.

荒木飛呂彦. (2011年). 『岸辺露伴ルーヴルへ行く』. 集英社.

 

 

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2,662字(7枚)

20230625 2222

 

 

*[1] [荒木, 2011年]

*[2] 元々のシリーズのタイトル。

*[3] [『岸辺露伴ルーヴルへ行くVISUAL BOOK』, 2023年]p.124。

*[4] [『岸辺露伴ルーヴルへ行くVISUAL BOOK』, 2023年]p.149。