鳥  批評と創造の試み

主として現代日本の文学と思想について呟きます。

卯王伝 1

亜大陸大戦記 Ⅰ

 

卯王伝

鞍作(くらつくりの)鳥(とり)

 

何時もながら未完成で、恐縮です。もう書く気を亡くしたので(今のところ)、一旦置きます。廃棄しようと思ったのですが、戦争を余儀なくされた小国が、相手兵を殺さず、石化するか、捕虜にするしか方法がないというのをゲイム的な世界ではありますが、どうすれば可能なのかを考えたものです。普通だと自滅するしかなく、それにも関わらず、何とかしたいのですが、今のところ何も思いつきません。とにかく「殺さない」ということのリアリティを如何に担保するかということが言いたいのですが。

 

 

 

 

卯宮第一書記官記す

 

卯王はその朝、かつてないほど激怒したという。牧草月の伍・参日(草の日)*[1]のことである。激昂といっても過言ではなかった。卯王は後ろ肢を一度踏み鳴らして、文字通り地団太を踏んだ。その音は卯宮の回廊という回廊、宮室という宮室、そして宮廷の中庭に拡がる鬱蒼とした燕麦の森の中にすら鳴り響いたという。卯王の踏み鳴らした肢音は、遠方からはあたかも一発の渇いた銃声のようにも聞こえたとも言う。それは牧草月の乾ききった透明な空に、何やら不吉なことの起こる狼煙のようにも聞こえたのだ。

卯王は厳密にいえば、女王なのだが、卯帝國の慣例に従ってそう呼ばれているが、更に厳密にいえば、男女あるいはそのそれらの混合種も含めて性別の如何に関わることなく、「卯帝國の主権君主は「卯王」と称する」と『卯帝國王室典範』第1条第1項に記されている。更に追加して申し述べれば、卯国の正式名称は卯帝國ではあるが、その国家元首は帝王でも皇帝でもなく、代々「卯王」と称することが伝統となって久しい。

何故ジャ、何故コノヨウナコトニ相成ッタノカ、陸軍大臣申シテミヨ。

と、御前会議の面々にはそう脳中に聞こえたという。実際には卯王は無言であった。強いていうなら物理的には「ぐっ」という奥歯を噛み締める音だけが耳にされたのだと思う。卯王が言葉を発することを止め、何某かの超音波なのか、念波なのかは分らぬが、面前のものや、あるいは遠隔の地にいるものどもの脳内へと意思を伝えるようになり、早2ヶ月ともなっていた。

 これには理由があった。丁度2月(ふたつき)程前のことであるが、突如、卯王は両の眼とその長い両の耳だけを残して、白銀の鋼鉄の仮面、と言ってよいのか分らぬが、それで首から上を覆うようになった。われわれ臣下のものは卯王を見上げる形になるので、卯王の玉顔は鋼鉄の逆円錐台のように見えて、見る者に恐怖を与えた。しかしながら、よくよくその内実を識るものによると、その尊顔はやはり目と耳を除いて白い包帯で何重にも包まれていたという。

 後年の調査によれば、丁度、その一週間前のこと、卯王の顔面、左目の下あたりに謎の二つの巨大な目玉のような瘤、肉腫のようなものができたという。これを見たものはお付きのもの数名と3名の侍医に限られていた。それらは目玉のように見える、と言うよりも、まさに目玉ではないかと思われた。なんとなれば、それらは第三者がそれらを見ておらぬ時には、確かに瞼を開いて、あちらこちらと探りを入れておるようなのだ。無論、その視覚は卯王には伝わらず、何者かの眼球が何らかの手段によって飛び地のような状態になっているのか。つまり、どこか遠隔の地において、この肉腫のような眼球を通じて、密かに卯宮の様子を探ろうと言うのか。当然のことながら、これは単なる推測、と言うよりも考え過ぎ、単なる勘違いなのかも知れない。ただ単に腫物の形が腫れぼったい目に見えるというだけに過ぎぬ。いずれにしても醜悪なることこの上ないし、発熱と痛みを覚えた。

 確かにその数か月前に卯王は頻りに奥歯が痛むといい、一時的に食が細くなったことがあった。そこに原因があったのか、それとも何某かの呪いに依るものなのか、あるいは、畏れ多くも前世の報いなのか、今となっては詳細は定かではない。ことがことだけにこのことを知るものは、長年の間、口を閉ざしていたのだ。

 王とは言え、卯帝國随一の美貌、と言っても決して華麗な美しさではなく、清潔と言えばよいのか、清らかな、周りに誇示しない美しさを誇ると言われる卯王がこのことを痛切に悲しんだであろうことは言うまでもない。その時から卯王は口を閉ざし始めた。一説によれば、顔面の醜い瘤よりも何よりも、奥歯が痛み、口を上下させるだけで、その振動で強烈な痛みを覚えたという。従って、細々と液体状にした野菜の欠片を口にするのに留めた。そして、遂には水しか口にすることができなくなった。

 そうだ、その頃から、卯王は思考転写を使い始めたのだ。

痛イ、痛ムゾ。

侍従頭の織音(おりおん)と侍従の案(あん)垂(たれ)洲(す)の2人は、その長い両の耳ではなく、不意に脳の中に声が聞えたので、思わず顔を見合わせたが、すぐさま、その声が紛(まご)うことなく、若年の頃から聞きなれた卯王の声音であることが分かった。二人は突如発現した卯王の異能力については特に問題にはしなかった。何しろ、卯帝國に君臨する卯家の末裔にしてその当主として王の座に就いているのだ。危機に際して、そのような異能を発揮することに何の不可思議があろうか。

いささか中年の域に達している織音はこころに痛みを覚えながらも、昨日も伝えたはずの、侍医の診断を再度繰り返した。昨日も申し上げましたが、と断りを入れた上で、次のように慎重に述べた。

「陛下、お痛みで御座いますか。畏れながら御奥歯と御尊顔のものは繋がっているようで御座います。御顔の痛みも御口の奥と関連が御座います。単に御顔の腫物のみをどうこうすることはできないとのことです。」

 そこに、毛皮の古びた臭いと薬品の臭気が混ざった空気がどこからともなく臭ってきた。気配を察知してなのか、偶々用があったのか、侍医の布令屋阿(ぷれやあ)出(で)洲(す)が恐る恐るにじり寄って、侍従の織音に目配せをして発言を求めた。織音は頷いて、許すという意思を伝えた。年の頃なら既にして7*[2]は過ぎていると思われるその年老いた宮廷医師は嗄(しわが)れた声音で、囁くように述べた。

「陛下、畏れ多くも申し上げます。現下の帝國の戦況を鑑みるに、今陛下が病に臥せられるのは極めて危険なことと存じます。今施術をすれば、早期に快癒されることと存じます」

「真(まこと)か?」とまだ若い案(あん)垂(たれ)洲(す)は疑わし気に強く言った。

「真で御座います。畏れ多くも御尊顔の両の腫物の表皮を切り開き、中の不浄のものを吸い出し、消毒するとともに浄化いたします。」消毒と浄化は違うのかと案(あん)垂(たれ)洲(す)は疑問に思ったが、一旦ここでは口出しするのを避けようと思った。「恐らく十日もあれば施術の跡は一旦落ち着くはずで御座います。残念では御座いますが、施術の跡は幾ばくかの穴が開いてしまいますが、それらもやがては塞がるはずで御座います」

穴が開く、という言葉で、この二人を知らぬものには親子かと思われるほどそっくりな二人の侍従は眼を顰めて、顔を見合わせた。

その間、卯王は玉座にあって謐か眼を閉じて、あたかも眠っているかのようでもあった。3段ほど上にある玉座以外何もない空漠たる拡がりを持つ王の間に一瞬沈黙が降りた。少しだけ開かれた、南に面した巨大な窓からは鈴懸(すずかけ)鳥(どり)や山(やま)湿地(しめじ)といった小鳥たちが鳴き交わしている。彼らは夕刻になると定期的に集会を開いて本日の収穫や新たな獲物の得られる場所等の情報を交換するのだが、まだ時間が早いらしい。今はまだ数羽の鳥たちのみが烏麦の枝に止まり、世間話に事欠かないようだ。

 卯王は俄(にわ)かに眼を開くと、思考転写で皆の脳内に話しかけた。

参謀長ヲ呼ベ。知碓(しりうす)ヲ呼ベ。

 卯王の命に従い、卯帝國陸軍随一の智謀を誇ると言われる陸軍参謀長の知碓が召された。卯帝國陸軍幼年学校を主席で卒業した弱冠2歳の俊英である。本来であれば、上級官である陸軍大臣である明鳴(あけるなる)が呼ばれるべきである。これは組織の命令系統の逸脱ともなり、侍従の織音も、また当の明鳴もかようなことを嫌う。だが、そもそも卯王はその当の明鳴の無能振りというか、全く何も考えない能天気振りを心底嫌っていたのだ。このことは、また、やはり当の明鳴を除いて、卯宮で、子どもですら知らぬものはない。いや、ことによっては赤子ですら、そのことを知っていると揶揄されていた。逆に言えば、気の毒なのは明鳴本人ではあるが、何しろ、その鈍感故、全く気が付かないのだから、よくもまあ、軍の最高司令官にまでなれたものである、と皆は噂した。

 しかしながら、これには歴(れっき)とした理由がある。卯帝國は今般の阿大陸大戦が開戦されるまで、そもそも卯帝國憲法の条項、第弐条「戦争の禁止」にもよるが、歴史的記録に残る限り、開国以来対外戦争を行ってこなかった。つまり、戦争をするという選択肢を端から想像だにしていなかったのだ。だから軍隊を持っていなかった。

 しかし近代化に伴い、阿大陸が、イ国、目公国、などの列強による軍事的侵略が進むにつれて、卯帝國でもその事態を安閑と構えている訳にはいかなくなったのだ。已む無く、五代先の卯王は陸軍の形ばかりは整えて、警察官僚の長であった、明鳴家の先祖にその任お押し付けた。従って、陸軍大臣とは言え、つい、先ごろまでは形式的な名誉職であり、ほぼ世襲に近いものとなっていた。したがって、明鳴に軍事的な責務を、あるいはそもそも大臣として資質を問うのは流石に酷と言うべきであろう。

 であるなら、その職務を解けばよいのではないかと思われるやも知れぬが、ことほど左様に簡単にはいかない。なんとなれば、卯国のものは、どんなことがあっても、自身で辞任しない限り、途中でその職務を解かれることを無上の恥と考えるのだ。恐らくそんなことをすれば、理由の如何を問わず、明鳴家の一族・郎党は全員纏めて憤死することは水を見るよりも明らかであった。そのようなことを、かの情に篤い卯王が許すはずがなかった。

 したがって、戦争の遂行上、参謀長に指示を与えようとするのは卯王としてもぎりぎりの臨界線であった。

「現下の戦況を述べよ」

卯王の敢えての言葉を待つまでもなく王の知りたいことは当然のこととして理解していた侍従頭の織音は、若き英才に尋ねた。

 参謀長知碓は、時候の挨拶など宮廷的な仕来りを一切無視して、跪いたまま、卯軍の置かれている現在の状況を報告し始めた。

「結論的には劣勢で御座います」

「頭を上げよ」と織音が言うか、言わぬかと同時に、そんなことは言われるまでもないとばかりに、顔と上体を上げて滔々と流れる水の如く話し続ける。

「と、申しますのも、恐れながら、帝國の御方針であります、戦争継続、殺生禁止という相矛盾する課題を我が軍の祈禱師あるいは占星術師のものどもは自らの身命を尽くして迄、果敢に打開しようと相努めて参りました。しかしながら、如何せん、他国の強大な兵員と武力の前には、時間的に、あくまでも時間的に間に合わず、一網打尽に撃破されてしまう有様で御座います」

「泣き言を申すのか!」他のものよりも卯王の気持ちを案じている侍従の案(あん)垂(たれ)洲(す)は声を荒らげた。

しかし、若き参謀長は、さも何事もなかったように、イ軍と目軍と、我が卯軍の兵力、武力の数値化したもの説明し、その後、付け足すかのように、戦死者の膨大な数を報告した。

遠くで風の通り過ぎる音が聞えた。

 そのとき卯王は先日《夢》の中で面会した占星術師の諏秘(すぴ)霞(か)のことを思うともなく思い出していた。無論、宮廷には専属の占星術師たちは何百といる。それぞれ農業や、天候、軍事といった具合に専門に分かれて星の運行を占って、日々、それぞれの省庁へとお告げをしている。

しかし占星術師の諏秘(すぴ)霞(か)は宮廷にはいない。時に応じて卯王の、あるいは諏秘(すぴ)霞(か)自身が必要だと考えたものの《夢》の中に勝手に訪れるのだ。一旦ここでは《夢》としておくが、果たしてそれが、いわゆる「夢」と言われるものなのかどうかも判然としない。もし、それが本当に「夢」であるとすれば、諏秘(すぴ)霞(か)は実在しないことになるが、卯宮の、少なくとも王族でその占星術師のことを知らぬものはいない。何人かのものは確かに遭ったと言っている。だが、しかし、それは単なる王宮にだけ伝わる単なる伝説ではないのか。諏秘(すぴ)霞(か)――。諏秘(すぴ)霞(か)とは一体何者なのか。そもそも、性別が分からない。年齢も定かではない。だが、卯王は卯帝國に於ける占星術師の王として、諏秘(すぴ)霞(か)のことを他の誰よりも尊崇していた。これには、無論理由があるのだが、後に述べることとする。

夢の中に現れるのだから、当然の如く、いつも前触れなく現れるのを常とするが、その日、急に左眼の下に鈍い痛みのような重みを感じたとき、これは何らかのお告げか何かかと卯王は思った。きっと近いうちに、例の占星術師の王が現れるに違いないと密かに思った。すると、その晩の明け方、思った通りそのものは現れた。

卯王は、恐らく卯宮の地下にあると思われる、通路を一人で歩いていた。以前、ここを訪れたことがあるはずだ。子どもの頃の記憶なのか、それとも単に《夢》で訪れただけなのか。枯草なのか藁なのか、ひんやりと湿った空気が満たされた、それらが覆っている通路がうねうねと続いている。同じような径が幾つも分岐して、さらに奥の方まで続いているようだ。かさり、かさりという枯草を踏む音だけが辺りを満たす。光が全く無いはずなのだが、卯王には辺りの様子を見ることが何故かできる。それをおかしいとも思わない。途中、途中に幾つもの扉があるようであるが、鍵が掛かっているのかどうかも分からぬが、開けることはせず通り過ぎる。

林檎が一つ落ちていた。普段そんなことはしないはずなのに何故か拾って食べる。美味い。心なしか体力が回復してくるような気がする。歩き続ける。

何処からか水の匂いがする気がする。そういえば遠くの方から水の落ちる音が聞こえてくるようだ。暫く行くと広間のようなところに出る。丁度その中心には円筒状の給水塔があり、そこから滾々と水が溢れ出ていた。卯王は思わずその溢れ出ている水に口を付けて飲む。その時、一瞬、とても遠いところの、例えば、瀧の流れ落ちる水の様のようなものが卯王の脳裏に映し出された。遺憾、気が遠くなる、と自恃心を持たねば、しっかりしろ、と思った瞬間のことだった。諏秘(すぴ)霞(か)は霧なのか靄なのか判然としないが、白煙の中に現れる。あるいは白煙そのものが諏秘(すぴ)霞(か)なのかも知れぬ。しかしながら、実体が全くない、ということもない。何重にも衣装を纏って、かと言って決して華美ではない衣装だと思えるが、顔貌(かおかたち)も定かではない。だが、そのものが現れると、確かに、このものはいつも現れる占星術師の王であるな、と、少なくとも卯王には理会できた。

卯王ヨ、ヨク聞ケ。

「これは、これは、よくお越しになられました。お待ち申して居りました」動揺を抑えて、できるだけ平静を取り繕おうとして、卯王は能う限り堅苦しくないように話そうと努める。この《夢》の世界では卯王は普通に話すことができる。それを不可思議であるとも感じない。

「何か召し上がりますか、酒か、お茶か」卯王は自身の居室に居るつもりなのか、できもしないことを言う。

卯王ヨ、ヨク聞ケ。卯王の申し出を端から無視をして、自分の話を聞くように強要する。そのような思念の力が卯王に押し付けられる。

 ソノ方ノ頬ノ両ノ腫物ハ目族ノ呪イ、アルイハ呪詛ニ依ルモノダ。争イヲ止メヨ。目族ヲ殺スナ。戦ヲ止メヨ。サスレバ、ソノ腫物モ引クデアロウ。

 目族というのは、阿大陸の中央に位置する目湖をその版図とする目公国のものどもだ。彼らは水中戦を無上の得意とする。しかしながら、最近は陸戦においてもどういう訳か攻撃力を増している。何故なのか、正確な理由が分からない。

 「しかしながら、戦を一方的に止めれば、我が軍の敗北となり、どのような戦後処理が行われるか分かりませぬ。――また、我が軍はできるだけ殺生を避けるために、祈禱師らに、石化や、調略、あるいは睡眠などの業(わざ)をなしております」

 ソレハ、デキルダケ、ト、イウコトデアロウ。駄目ジャ、トニカク殺スナ、絶対ニ殺スナ。ソモソモ卯軍ニオケル祈禱師ラモ業ヲ使ウ余リ、脳死シテオルモノガ、オルデアロウ。本末転倒ジャ、恥ヲ知レ!!

「はは、恐れ入ります」確かに卯王が言っていることは、大いなる矛盾である。殺害のない戦争など存在しない。しかし、相手国の侵略を停めるには如何すればよいか。苦肉の策として考えられたのが、祈禱によって、相手を石化、すなわち石に変えてしまうことである。石になっても砕かれたりしない限り、相手軍が持ち帰って、逆祈禱をすれば生身に戻すことができる。また調略は寝返らせ、こちらに味方するように仕向けることで、睡眠は文字通りその場で昏睡状態に陥らせ、戦闘不能状態をもたらすことである。いずれも、祈禱師たちの祈禱の力、精神力、と言ってよいのか、生命力と言ってよいのか分らぬが、いずれにしても強い集中力が必要となる。要は相手の精神に精神の力で侵入することで、こころの組成の配列を意図的に変えることでそのような業を為す訳である。肉体に細胞があるように精神にもそれに類するものがあると考えられる。仮にその精神細胞があるとして、強引にその細胞壁を破壊し、細胞膜を破り、細胞内に侵入し、組成を変えるのだ。いや、そこまでしなくても、ものによれば、その精神細胞の配列、順番を変えてしまうということである。

例えば、単体の敵を石に変えるとする。これは単に細胞の順番を書き換えるだけなのだが、仮に石化に成功したとすると、いや、失敗したとしても、祈禱師はその祈禱後、1時間から2時間は、倒れるように眠り込み、深い眠りに就く。これは、祈禱師の能力や技術的習熟度に関わることなく、多かれ少なかれ、そうなるものだ。

 これが、調略となると、相手方の忠誠心そのものの根本を書き換えることになるので、生中なことではない。リスト・アップされた特定の将校なりの考え方、正義感、ものごとの好悪、個人的な長所や短所などの情報を事前に、それもまた正確に調べておく必要がある。これはまた別に存在する秘密調査士たちが背後で暗躍することになる。そのうえで、ある一定距離まで接近せねばならない。相手が目視できなくても構わないらしいが、およそ100リードの距離の中にいなければ調略は難しく、無論近づけば近づくほど成功率は上がるものの、それはまた、祈禱師の生存率を下げることにもなる。先程も申し上げたように、なにせ、祈禱の後、ばたりと倒れ伏すのだ。当然、回収班も同行しているが、数が多くなればなるほど敵軍に発見され易いということになる。

 それらに比べて、睡眠は比較的、物理的並びに精神的なマイナス面は少ないとされているが、逆に言えば、相手によっては簡単に目覚めてしまうということである。

 当然のことながら、そんなことだけをしていては、あっという間に祈禱師たちは倒れ伏して、敵軍に呑み込まれてしまう。したがって、およそ、全卯軍の1割弱が祈禱師の群れであり、残りは実際に武器を持って戦う実戦部隊である。これでなんとか食い止めて、敵方との均衡を取ろうとしているのだが、もし仮に、この大いなる占星術師の言うように、殺害を止める、実戦部隊の投入を停止するのであれば卯軍は瞬時に全滅し、卯帝國そのものの存亡が疑われることとなる。そもそも祈禱師の力に頼る余り、祈禱師たちの過重労働のための不注意な戦死、あるいは精神的な疲労による突然死なども報告されていたのだ。

 卯王は言葉に詰まった。戦を続ければ、犠牲者が増え続けるであろう。しかしながら、戦を止めたからと言って、敵の侵攻が留まるとも考えられない。我が国、我が、この土地が敵によって蹂躙されて、この大地から消え去ることも考えねばならない。

 卯王が納得していないことを、その様子から見て取ったのか、諏秘(すぴ)霞(か)は言葉を重ねる。

卯王、分カッタノカ、戦ヲ止メルノジャ。サスレバ、オ前ノ頬ノ両ノ腫物モ消エテナクナルデアロウ。

 つまりは、戦を続ける限り腫物は癒えぬ、ということだな、と卯王はこころの奥底で自嘲的に思った。しかし、すぐに我に返って、こう述べた。

「今暫く、わたくしめにお時間を賜りますようお願い申し上げます。なんとか、この戦に決着を着けるべく、わたくしめの全命を懸けまして努力いたします。」

フン、勝手ニスルガ良イ、と言った段階では既にして諏秘(すぴ)霞(か)らしい影は消えていた。

 これは今朝のことだったか、あるいはその前の明け方のことだったのか。気が付くと、依然として知碓が話し続けている。途中の話を聞き逃したのか。まあよい、と卯王は思う。何れにして、何らかの決断をせねばならぬのは間違いないのだ。

窓の外を見るともなしに見ると、遠くの物見の塔の上に掲げられている卯帝國の旗が秋の風にはたはたと翻っている。支柱がなければ、あの旗も風に任せて飛んで行ってしまうのだ。一体どこまで飛んでいくのであろうか。この世界に果てがあるのであろうか。卯王は生まれてこのかた、いや少なくとも記憶のある限りでは、この卯宮を出たことがない。生まれたときには、既に戦争が始まっており、外出を禁じられていた。卯帝國の王にして、自らの版図を自らの肢で踏んだことが絶えてないのだ。一体、真にわたくしは王なのであろうか。

「陛下、お聞きで御座いますか。陛下」

聞いていることの合図で、卯王は無言で首を縦に振る。

「陛下、従って、調略なる業は、相手側に味方への裏切りを迫る、というか、結果的に裏切らせる訳ですから、或る意味では道義心の混乱を招くこととなります。つまり倫理的に問題がある行為をさせることとなり、たとえ、生命を尊重することが前提だとしても、これはいささか問題が、つまり軍隊の規律として問題が生じています。」

卯王はそんなことは分かっているとも言いたげに無言で頷く。

「陛下、更に申し上げます。戦場の実際の運営では、相手に祈禱を懸ける前に、その祈禱が懸かり易くなるように物理的な攻撃をします。致命傷にまで至らなくても、それ相応の負傷を負わせて意志力を弱めた上で祈禱を懸けているのです。したがって、祈禱が懸かったとしても、場合によっては被術者は死に至ることも稀ではありません。これは本末転倒と言うしかない事態で御座います」

 もうかれこれ1時間近く、この若者は話し続けている。卯王は黙って聞いていはいるが、侍従頭の織音は、王の機嫌を慮って、已む無く口出しをした。

「参謀長、つまりどうせよと言うのか」

「それは簡単なことで御座います。敵軍の殺害をすることなしに戦争の継続は不可能で御座います。どうしても生命尊重を第一義に掲げるのであれば、戦争を即座に停止すべきです。講和に向けての水面下での調停こそ肝要で御座います」

 卯王はもう一度、脳裏に諏秘(すぴ)霞(か)の姿と言葉とを思い浮かべた。

 諏秘(すぴ)霞(か)はこう言った。一つには、戦を止めよと。もう一つはこの頬の腫物が目族の呪いに依るものだ、ということだった。

 戦を止めるという発想がそもそもなかった。卯王が生まれたときには既に、この戦役は始まって、恰も日常生活でもあるかのように続いていた。一体、誰が、この大戦を始めたのか。そもそもこの戦争の目的は何なのか、今となってはもう誰にも分からない。

合イ分カッタ。一旦下ガレ。と、知碓を退室させて、織音にこう伝えた。

一旦、施術ヲ受ケルコトトスル。シカシ、ソレハ一時鎬(しのぎ)デアロウ。ソレハ、マア良イ。モウ一点ジャ。目国ノ様子ヲ探レ。和平ノ可能性ヲ調ベヨ。サラニハ・ワタクシヲ呪ッテ居ルモノガ誰ナノカ突キ止メヨ。発見サレタラ、スグサマ祓イ清メヨ。

 翌日の午後には卯王の施術が行われた。一旦二つの肉腫を切開して膿を吸い出す。そのまま穴を塞がず、糸で傷口を固定して、膿が出切って、肉が盛り上がるのを待つ。卯王の顔貌はあたかも顔面を二つの銃弾で射抜かれたかのような痛々しいまでの施術跡となった。

 二月ほど時が経ち、卯王はその間、執政を元老院の院長の出禰(でね)武(ぶ)に任せ療養に努めた。秋も終わりに近づいていた。そして牧草月の伍・参日の朝となった。

何故ジャ、何故コノヨウナコトニ相成ッタノカ、陸軍大臣申シテミヨ。

ちなみに卯国には海軍も空軍も存在しない。陸軍しかないのだ。それは当然のことであって、それらは卯国の者たちの肉体的な条件に左右されている。彼らは海はおろか、水上を泳ぐことはできず、いわんや空を飛ぶこともできないのだ。彼らは、愚直に先祖から代々与えられた肉体の特性を活かして陸上を疾駆する術を第一に軍事の礎としたのだ。

頭髪を丸めた、川の上流に無数に転がり落ちている石くれのような顔をした陸相明鳴(あけるなる)は俯いたまま体全体を振るわせたまま、暫く何もいわなかった。

大臣、申シテミヨ! 再び卯王は声を、と言っても思考転写ではあるが、《声》を荒らげ、眼(まなこ)全体が漆黒の闇に満たされた丸い眼で、明鳴(あけるなる)陸軍大臣を睨みつけた。しかしながら明鳴はおろか、そこにいた者たちから、卯王の眼を直接見ることは叶わなかった。卯王の顔の全面は鋼鉄のような板で覆われていた。卯王からはどういう訳か、その鉄板越しに周りが見えるようなのだ。

 御前会議の万座の注視を浴びて、明鳴は苦し気に、胎の底から絞り出すようにこういった。

「陛下の思し召しに従ったもので御座います」

ソノ方、マタソノ話ヲ持チ出スノカ!

 「陛下の思し召し」と言うのは、例の「戦争継続、殺生禁止」というあれのことだ。明鳴は卯王の指示通りに戦を行ったまでで、その敗戦については、如何ほども自身には責任がない、と言いたいのだろう。

卯国軍は三次に及ぶ阿大陸大戦の、その3回目の戦役が始まって以来、その日に至るまで3回にも及ぶ戦において師団の全滅という事態を招いていた。幾ら何でも全滅というのはどういうことなのだろう。それまでは比較的順調な流れで戦いを進めてきたというのに。きっかけは、卯国軍が戦略上、強くなり、或る一定のレヴェルを超えたことか。或る日を境に急激に敵軍の戦力、軍事力などが強力になった。実はその理由が誰にも分からないのだ。丁度それは卯王が病床に伏すのとほぼ時を同じくしていたとされる。卯王の病と卯軍の敗戦、と言うよりも、騙されたように敵軍が強くなったこと、この二つには何らかの因果関係でもあるというのか。

御前会議には、元老院院長をはじめとして、陸軍大臣や農業大臣、気象大臣など13人の大臣級*[3]と、発言権はないが、議題によっては報告を要求される、各省の次官級の官吏も控えていた。陸軍参謀長の知碓も円卓、と言っても、正面の玉座に卯王が位置し、他の大臣らは、馬蹄形のように座っていたのだが、その外側、後方に、他の次官たちの中に混じって、如何にも詰まらなさそうな顔をして、着座していた。

その時、その御前会議に何が起きたのか、一瞬、卯王にも、知碓にも、あるいは他の大多数の次官たちにも理解できなかったのではないか。いつもであれば、通り一遍の明鳴への叱責が暫く続き、他の大臣の報告が済み、然るべくして、知碓の報告が求められるはずであった。ところが、珍しく、明鳴が卯王に反駁しているようだ。「陛下、お言葉で御座いますが……」その後が聞き取れない。奇妙だ。そんな度胸、というか、そんな弁舌の能力があの石頭にあったのだろうか、と知碓は怪訝に思った。怪訝には思ったが、大して真面目に、その話を聞いていなかった。この辺りが子供の頃からの自分の悪い癖だと、後々になって、知碓は、一人反省せねばならぬことになる。

突如、耳に聞こえてきたのは「……国家反逆罪で逮捕する!」といういささか素っ頓狂な明鳴の叫び声であった。それと前後して会議の間(ま)に何十人もの兵士たちが乱入して卯王を取り囲み、縄で拘束した。ちょっと待て、逮捕権は軍隊にはないはずだ、これは明鳴のクー・デタだな。陛下を救わねば。

――陸軍に逮捕権はない、職権濫用だ、と叫ぼうとしたところ、いきなり背後から両腕を拘束され、当の知碓も逮捕されてしまった。さも、ありなん。わたしも陛下もいくら何でも、明鳴を見縊り過ぎていた、と言うことか。それにしても、これにはきっと裏があるな、と思っていると、複数の兵士に四方を取り囲まれた卯王が無言で、正面横の扉から連行されていく。大臣の中でも、卯王派かと思われる何人かの大臣も逮捕されたようだ。疎(まば)らになった会議の間の座席に着座したままの大臣や次官たちは、事前にこのことを知っていたのか、下を向いたまま、自らに災いが降りかかるのだけは免れようとでもしているようだ。

知碓はそのまま独房へと連行された。逮捕状を見せろ、と刑吏に言ったところで、全く無視されたまま、水も食事も与えらえず、何故か三日間そのまま放置された。知碓は、このまま、この牢獄にて朽ち果てるのかと絶望こそしたものの、万已む無しと達観した。

ところが、三日目の朝になって、水と麦と青菜が与えられた。どうことだと訝しんだが、なるようになれとばかりに、大した量ではなかったが、与えられた飲食物を残らず平らげた。水をもう一杯所望したいと言うと、何故か、椀一杯の水を与えられた。飯は駄目なのかと言うと、既定の量があるので駄目だと言う。

暫くすると知碓はやっとのことで取り調べ室に呼び出された。彼は、そこが、やはり見慣れた陸軍の建物ではなく、特別保安警察のものではないかと推測した。

取調室に来た係官に、知碓は「取り調べもせず、即刻死刑だと思っていたが」と毒づいた。係官は、いささか憔悴した様子で苦笑いをして、「まーな」と答えた。

「陛下はどうなされた」と尋ねても、この質問についてだけは全く聞こえなかった体で全く反応がない。その後、何度か、話の切れ目に、このことを尋ねても判で押したように全く同じ対応であった。

「逮捕状を見せてくれ、と言っても無駄なんだろうな」と、知碓はさも当然であるかのように尋ねた。

「まーな。貴様は国家反逆罪の罪に問われている」この男はまーなとしか言わないのか。今日から貴様の名はマーナだ、覚えておけ。

ふふん、と知碓は鼻を鳴らして、如何にも相手を莫迦にしているかのような態度を取った。

 が、それにはいささかも動じることなく、中年も後半に至ろうとするその係官は、特別保安警察ではなくて、単なる警察の刑事で、本当かどうかは定かではないが、塗(ぬん)木(き)と名乗った。姓名に始まって、出身地、学業の様子、女の出入り(余計なお世話だ!)、とりわけ、参謀長就任以来の言動(それらは極めてよく調べられていた。あたかも壁に耳あり障子に目ありという諺を地で行くようであった)、そして卯王の発言、命令、指示がどうであったか(これまた、極めてよく調べがついていた)、これらを詳細に渡って逐一確認をしていく作業となった。王の居室に内偵が入っていたとしか思えない内容までが、既に調べが付いていた。さすればあの実の親子かと見紛う二人の侍従どもが裏切ったのか。あり得なくはない。いや、それにしては、人払いをして卯王と自分しか知り得ぬ内容までが、漏れている。まさか、卯王が全てをペラペラと話してしまったというのか。そんな莫迦な。確かに、卯王は余りにも現実離れをした、理想家が過ぎると言えば、それはそうなのだが、あの高潔な性格からして、そんなことがあり得るだろうか。

 もし、そうでないとすれば、あの王の居室に、我々の知り得ぬ第三者が紛れ込んでいたことになる。確かにあり得ない話ではない。よもや、大空を舞う、あの鳥どもが偸み聞きをしたのだろうか。そうかも知れぬ。確かにあ奴らは言葉を解すると思われる節がある。われわれの話や振る舞いを見ては、仲間同士で嘲笑っている様を見たことがある気がする。だが、あの空を飛ぶものたちに、ここまで正確に、日時や、詳細な数量、あるいは固有名を理解できるのであろうか。俗に鳥頭と言うが、彼らは、仮に我々の言動を理解したとしても、ほんの数時間で綺麗さっぱりと忘れてしまうのではなかろうか。

 と、すれば、何故、如何にして、この情報は漏れたのであろうか……。

 1日15時間余りに渡って強行に行われた取り調べが3日目となった午後のことである。お互いに気心が知れたのか、あるいは、余りの長時間の取り調べの疲労のためか、気持ちが緩んだのであろうか、塗(ぬん)木(き)刑事は、つい、言わずもがな、のことを言ってしまった。口が滑るとは正にこのことである。

「貴様は、どうせ死刑になることは決まっておるのだ。何がどうであろうと、このことは覆らない、残念ながらな」と、取り調べ机に視線を落として、誰に言うともなく、その刑事は呟いた。

「今さら、何を言っている。そんなことは百も承知だ」知碓は不敵にも、相手を睨みつけながら、笑い飛ばした。

「だから、教えてやる」

「何をだ?」

「貴様が一番知りたいことだ」

「なんと、そうか、教えてくれるのか、礼を言うぞ。それでは、陛下はどうされた?」

「ウム、これは口外しないでくれ」

「無論だ」

「王は、あの日、あの決行の日、龍に依って連れ去れた。」

「は?」

「その後行方知れずだ。もう6日にもなろうとしている。恐らく命はないだろうな」

「本当か」

 龍と言うのは、あくまでも卯民たちが古来より、そう言いならわしているだけであって、本当に龍なのかどうかは分からない。確かに巨大な首なのか胴なのかは分からぬが、その上に、更に細長い首が1本付いていて、その左右に2本ずつの手なのか、触手なのか、触角なのか、いずれにしても、都合4本もの細長いものがついている。多くの場合、雲上から突如として、下界に降りてきて、穀物やら牧草などを口に咥えて、村々に置いて回るという。何故龍がそんなことをするのか全く分からない。が、時として、その5本の細長い触手のようなもので、卯民の首根っこを咥えて、どこへともなく連れ去ってしまうという。龍の方からすると純粋なギヴ・アンド・テイクと言えばよいのか、要は或る種の沈黙交易が行われているのだと考えられる。卯民にとっての食料を置く。その代わり、時々卯民を取って喰う、ということなのか。

 それにしても、選りによって卯王が龍に攫われたなどと言うことは、もう絶句するしかない。

「王宮に龍が侵入したというのか?」

「侵入も何も、龍は前触れもなく、空から降りてくるものだ。連行中、黄緑の回廊を連行中、連れ去られた。あんなに沢山周りを囲んでいたはずなのに、見事に王だけを攫って行ったらしい。狙ってやったとしか思えない。それで数日間は天手古舞だったわけだ。探すにもどこを探していいのか分からんからな」

なるほど、だから、三日間ぐらい放置されていたのはそういう訳だったのか。

「なるほどね」知碓はこころのどこかで卯王の生存を信じていた。そんな莫迦な、という思いと、仮に龍に拉致されたにせよ、食われたかどうかは分からない。きっとどこかで生きているのではないか、いや、生きていて欲しい、そう強く思った。

 そうだ、このわたしもきっと生きていけるに違いない、きっといずれ何処かで卯王とは再会できるのではないか、と知碓は根拠なく確信した。

 窓のない警察署の取調室のどこか遠い壁越しに、秋の終わりの強く冷たい雨の音が聞こえてくる。卯宮の辺り一面の原野に雨が降り注いでいる様子を知碓は漠然と思い浮かべた。

 

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第1挿話 了

 

2021/11/24 38枚

 

*[1]  卯帝國には独自の暦があるが、多くの卯国民はその暦の存在を知らぬか、あるいは全く気にしていない。試みにそれらを記せば、一年の始まりは冬の終わりから始まり、冬の深まりと共にその年は暮れる。一つの年は15の月を持つ。芽吹月、青葉月、>>>>>>>>。ひと月は25日を塊として、5日の倍数の形で表せられる。すなわち「伍・参日」とは5×3、つまり15日に相当する。それぞれの5日間は次の曜日を持つ。すなわち、土、水、草、麦、陽の5つである。ことほど左様に、卯帝國は5を基調として世界が成り立っている。これは卯民が5を超えた数の認識が難しいと同時に、そもそも日常生活で数値を取り扱うことが稀である、つまり、ほとんどの卯民が多い/少ないで遣り繰りしているという事情も背景にあるかと思われる。卯帝國において所謂他国、例えばイ国などで言う所の「科学的思考」なるものの「発達」が「遅れている」とされるのも或る一面では首肯せざるを得ないと言い得るであろう。

*[2] 卯帝國のものは寿命が短い。2歳で成体となり、8歳も生きれば長寿の域となる。多くのものは5歳か6歳で、その天寿を全うする。

*[3] 因みにその細目を記せば、以下の通りである。①元老院院長、②祈禱大臣、③占星術大臣、④陸軍大臣、⑤農業大臣、⑥建設大臣、⑦諜報大臣、⑧気象大臣、⑨食料大臣、⑩財務大臣、⑪外務大臣、⑫教育大臣、⑬医療大臣、以上13人となる。