鳥  批評と創造の試み

主として現代日本の文学と思想について呟きます。

『村上RADIO』を聴きつつ鰤大根を作り、日干し煉瓦について考える

遍 歴

 

『村上RADIO』を聴きつつ鰤大根を作り、日干し煉瓦について考える

 

2022年1月31日(月曜日) 多分晴れ  

 

 1 村上RADIOと、うにの脚ダンと、鰤大根について

 

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それから日記のようなものを書いてうちに、夕方になり晩飯を作る。家事をしながら昨日放送された『村上RADIO』*[1]を「radiko」で何度も聴く。何故何度も聴くかというと、家事をしながらなので、全部が全部聴ける訳ではない。洗い物で水が出ているとまず全く聴こえない。遠くに行ってもやはり聴こえない。音量を大きくすればいいではないかと思うが、兎のうにがいた頃、驚かせないように、余り大きな音を出していなかったことの名残だ。

と言っても、うには音楽的な音は耳に入っていなかったかも知れない。テレ‐ヴィジョンの音も大丈夫だったようだ。よく、相方とテレヴィジョンを観ているときの、たったかたったかとやってきて、テレ‐ヴィジョンの近くのソファの下(ここが彼女の実家。「実家」というのは本拠地という意味ではなくて、「実家に帰らせていただきます」の「実家」。つまり、困ったときや、病院帰りで隠れようとするときに籠っていたのが始まり)やミニ・テイブルの下(シン別荘と呼んでいました。別荘はテレ‐ヴィジョンの横の隙間)で寝ていたぐらいなので。

 ただ、お金の貨幣を数えるチャリン、チャリンという音と、何かを朗読する音は、どういう訳か、イラっと来るようで、よく脚ダンといって、後ろ脚をダンと床に叩きつけて怒っていた。何故、その音が駄目だったのかは、今もって理由が不明。

 もうひとつ何度も聴く理由は、わたしが、ジャズのジャの字も分からず、何を聴いても区別が全くつかないからだ。しかし、村上さんの話を聞いていると、何故か、なるほどね、と思えるから不思議ではある。

 

今晩は昨日TKストアで鰤(ぶり)の切り身が半額でまーまー安かったので買い求めたものがあるので、鰤大根を作ってみようと思う。ほんとは先週も作ろうと思たが、意外に鰤が高過ぎて手が出なかった経緯がある。

で、適当に作る。

①もやしのナムル風のゴマ和え。②小松菜と油揚げ人参の味噌汁。③白菜のマリネ。④鰤大根。というラインナップだ。

例の如く味見をしないので、食べて見なければ出来のほどは分からない。

 

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で、食べたところ、③はまーまーいい感じ。だが、④は水を入れ過ぎたのか薄味だった。残念( ノД`)。

 

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2 日干し煉瓦を積むことについて

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わたしは一応山羊座のA型なので(とかいっても全く根拠のない議論ではあるが)、日干し煉瓦を一個一個丁寧に自分で干して、それを更に一個一個丁寧に積み上げて、山の上に小城とか、川の上流の奥地の砦かなんかを築きたいと思っている。まー、要するに、自分の場所、とか自分の守備位置をきちんと決めて、それを頑なに守る、というのが性に合っていると思っている。

ところが、全くそういう状況になっていない。

前にいたKSではそういう方針でやってきたが、或る程度のところまで行くと、主としてJSから、ちゃぶ台返しをされてしまう。つまり、わたしの方針から、人間性から、仕事の能力、様々なことが気に入らないのだろうか、全否定される、ということが何ども続いた。しかし、わたしの性格的には、どんなに酷いことを言われたり、如何なる辛いことがあろうとも、一晩酒飲んでぐっと抑え込む、ということを続けていた。定年まであと少しだったので、なんとか頑張ろうと思っていたにも関わらず、どういう訳か、全く突発的と言ってもいい感じでKSをYめた。自分でもよく分からないが、多分、自分の中で積み上げてきた日干し煉瓦をあっという間に崩されたので、ああ、このままでは、また同じことの繰り返しだ、と思ったわけではないと思うが、何か糸が切れてしまった。

すぐさま、次のKSを探そうと思ったが、なかなかうまくいかない。いろいろ紆余曲折あったが、結局あれから一年が過ぎようとしている。酷いもんだ。どうなっているのだろう。

この一年についても、兎のうにの看病についても、今のわたしにはまだ理解できない、何か意味があるのだと思うが、表面的には結果が出なかった。表面的なことだけを言うと、全く積み上がらなかったということになる。わたしは実質兎のうに担当だった訳だから、自分の担当したうにを死なせてしまった、というのは余りにも辛いことだ。

また、何本か公募原稿も送付したものの、全く箸にも棒にも掛からない。この件についても、長い原稿が書けるようになったということを除いて、何も積み上がっていない。

纏めると、2021年でわたしが主として行っていた三つのこと、つまり

 

  • SS活動
  • 兎のうにの看病
  • 執筆活動

 

これら、いずれも、煉瓦を積み上げること、つまり何らかの形にすることが、できなかった。痛恨というしかない。とりわけ、うにのことは取り返しが付かないことなので、後悔しても、反省しても、どんなに自分を責めても何にもならない。

しかしながら、これらのことは表面的な、物理的なことだ。幸いにも長い年月を生きてくると、或る意味では悪知恵がついてくると言うべきなのか、したたかになってくるとというのか、実は目に見えるものだけが全てではない、ということが多少なりとも分かってくる。

死んでしまっても、実は、それは単に生の裏返しに過ぎないのではないか、いや裏返しですらない。今まで水中に棲息していたヤゴが成虫の蜻蛉になって空中に飛び立っていく。今まで水中で話をしていたメダカの目に映るものはそのヤゴの抜け殻だけである。メダカはもうその蜻蛉と意思の疎通を図ることはできないかもしれない。メダカは、そのヤゴは死んだと思うだろう。生と死というのはそういうものかもしれない。

われわれは、余りにも目に映るもの、形にあるものにこだわり過ぎるのかも知れない。

大切なものはそうそう簡単には手に入らないのだと思えるようになってきた。また、本当に何が大切なのかということもそう簡単には分らないのだも思うようになってきた。

今までにも増して、コツコツと形にならない日干し煉瓦を心の中に積み上げて行こうと思う。

 

🐤

20220201 1022

 

【註】

*[1] 「ジャズ奥渋ストリート」2022年1月30日・東京FM系列。